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「フラット・マネジメント」~これからのリーダーに必要なマネジメント思考とは?No.7

リーダーが率先して苦手を開示する~エンターテインメントにおけるチームづくりの秘訣とは?

2024/01/09

「若者から未来をデザインする」をビジョンに掲げ、新しい価値観の兆しを探るプランニング&クリエーティブユニット、電通若者研究部「ワカモン」(以下、ワカモン)は、これからのリーダーに必要なマネジメント思考について研究しています。

その活動から導き出されたのが「フラット・マネジメント」という概念。リーダーがトップダウンで意見を押しつけるのではなく、部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで「心地いいチーム」をつくりだす、という発想です。

2023年7月には、書籍「フラット・マネジメント『心地いいチーム』をつくるリーダーの7つの思考」(エムディエヌコーポレーション)を発刊しました。

本連載では、「フラット・マネジメント」を実践している著名人に話を伺ってきました。今回のゲストは、次世代の宿泊施設「ソーシャルホテル」を運営する株式会社水星のクリエイティブディレクター・花岡直弥氏と、リアル脱出ゲームなど数々の体験型イベントを手掛けてきた、株式会社 SCRAP 執行役員・コンテンツディレクターのきださおり氏です。

花岡氏は、ホテルに宿泊しながら観劇できるイマーシブシアター(体験型の演劇作品)「泊まれる演劇」のマネジメントを務め、きだ氏は脚本家として参加しています。

新しいエンターテインメントをチームでつくり上げるために意識しているポイントや、直面した課題、また、それをどのように乗り越えているのか、ワカモンの古山萌美氏が話を聞きました。

「泊まれる演劇」とは
水星が運営する大阪と京都に拠点を持つホテル「HOTEL SHE,(ホテルシー)」が手がけるプロジェクトで、2020年から公演を行っている。数カ月間、ホテルを丸ごと使い、フロントや客室なども舞台に利用。宿泊客はホテル内を歩き回ったり、役者と会話をしたりしながら鑑賞し、その中で物語が進行していく。

フラット・マネジメント

最初にしっかり会話して、価値観やモチベーションをすり合わせる

古山:「泊まれる演劇」では、役者さんをはじめ、さまざまなバックボーンを持つ方とチームをつくることが多いと思います。マネジメントする立場として意識しているポイントを教えてください。

花岡:「泊まれる演劇」は、ホテルに滞在しながら鑑賞・体験する没入型の演劇作品です。宿泊客は時に役者と会話しながらホテル内を移動し、物語が進行します。作るプロセスもやはり特殊になり、暗中模索で進めることも多いですし、作品によっては、普通の演劇のやり方とはプロセスを意図的に変えることもあります。チームをつくるにあたり、新しいことを受け入れてくれる方に声をかけることを意識し、かなり特殊な演劇スタイルであることをしっかり説明するようにしています。

役者のオーディションも1人に1時間ぐらいかけます。実技20分で残り40分は会話をしています。こんな特殊な工程で作っているというお話をして、その方が新しいものを受け入れるタイプなのか、いい関係がつくっていけそうか、といった点を判断するようにしています。

古山:チームづくりの前段階で、共通のマインドを持っていることが大事なのですね。実際に演劇作りが動き始めてからのすり合わせはどうされていますか?

花岡:みなさんプロフェッショナルで、自分よりも優れている点を持つ方々だと思っているので、できる限りお任せ、というスタイルです。とはいえ、事業として成立させるためには売り上げを立てることも重要です。特に脚本は、お客さんの満足度に直結しますし、グッズやフードの販売にも関わってきます。そのため、いったんこちらで大ざっぱな原案やストーリーラインなどを作ってからご相談することもあります。その場合は、どうしてそうしたいのかという理由をしっかりと説明するようにしています。

古山:最初の段階での関係づくりや信頼を築くことを大切にされているのですね。きださんは「泊まれる演劇」の脚本以外にも、執行役員を務めるSCRAPでリアル脱出ゲームやイマーシブシアターの制作マネジメントを担当されています。コンテンツホルダーや他の企業と横断型でチームを組む中で、チームマネジメントの視点から意識していることはありますか?

きださおり
きださんが手がけた「体験する物語プロジェクト」の一例。閉館後の夜の「東京ミステリーサーカス」全館を使ったイマーシブシアター。ラビットホールを通じて不思議の国のアリスたちがこの世界に迷い込んでしまった、という設定で、参加者はアリスたちと一緒にその夜、起こっている「あるトラブル」を解決していく。

きだ:私の場合は、ゼロからメンバーを選んでチームをつくるパターンと、会社同士で協業してチームになるパターンの2通りがあります。それぞれのパターンでチームづくりの方法はかなり違いますね。

ゼロからチームをつくる場合は、最初のお声がけの時点からチームに必要な人を選んでいるため、プロジェクトの目指すところや意義、みなさんに期待していることをお話しし、そこに合意をいただくことができれば、ほとんどの場合うまくいきます。

会社同士で協業する場合は、人によって働く理由もやる気も違うことが結構ありますよね。そのため、最初に自分の目指すことを話した上で「ぶっちゃけ、このプロジェクトでその方が何を目指しているのか?」を聞くようにしています。

例えば「お金を稼げればいい」というのも、「デザイナーとして一つ実績が残るものを作りたい」というのも、正義ですよね。そこから、それぞれの目指すことを達成するやり方を考えて進めています。

あとは、自分の苦手なことを話して、チームメンバーの得意なことと苦手なこと、我慢できることとどうしても嫌なことも聞くことが多いです。それで、例えば、このチームだったら進行管理役を加える必要があるなと判断すれば、もう一人メンバーを加えます。また、長時間作業するとかえってモチベーションが下がると思えば、時間短縮をすることもあります。状況によってチームや方法をカスタマイズするようにしています。

古山:チーム全員のモチベーションを把握するというのはすごいですね。

きだ:モチベーションに差があることがトラブルの原因になると思うんです。「仕事だからやる」人と「人生かけています」という人では、仕事への姿勢が全然違いますよね。最初にどこにモチベーションがあるのかをすり合わせておくと、悲しい思いをすることが減る気がしています。

「できないことは悪いことじゃない」。リーダーが率先して苦手を開示する

古山:花岡さんも会話を大切にされていますし、きださんもチームメンバーの意思を引き出すことを大事にしていると感じました。マネジメント層の方にお話を伺うと、「若者の率直な声を引き出すことが難しい」と言われることがあるのですが、その点で工夫されていることはありますか?

花岡:自分の苦手なことを言える環境づくりが必要だと考えています。会社では、できないことを認めてくれないことってありますよね。短所を言うと「じゃあ、それをどう改善するの?」などと言われがちです。もちろん、改善すべき短所もあるのですが、これまで培われてきた価値観などは変えられませんし、短所についてはそういう部分の影響が大きいと感じています。

先ほど、きださんもお話しされていましたが、短所も受け入れられる環境であることを知ってもらうために、自分ができないことを率先して言うようにしています。そうすると、「そこはカバーできます」と言ってくれる人も出てきますし、「実は自分も苦手なんです」と言ってくれる人も出てくるんです。

古山:完璧すぎないリーダー像をつくっているからこそ、協力してもらえる環境になっているんですね。きださんはいかがですか?

きだ:私は以前、テーマパークの責任者を務めていたことがあるのですが、その頃のほうが若者の声を引き出すことを意識していました。マネジメントすべき人が300人ぐらいいて、年齢も(下は)大学生から上は果てしなくいる環境だったんです。自分の部下にマネージャー層もいて、そこをすっ飛ばして話を進めてしまうと、そのマネージャーがいてくれる意味が薄れてしまうということもあるので、双方に気遣う必要があると考えていました。

その頃にまず意識していたのは、なるべくニコニコして、できる限り暇そうにしていることでした。アルバイトの子に話しかけにくいと思われるのだけは避けようと思って。それから、相談したいと声を掛けられたときに、「1週間後のアポでいい?」だともう遅いので、「3時間後ね」と言えるようにしないといけません。そのため、仕事を入れ過ぎずに3割ぐらい余力を残しておくように心がけていました。

古山:たしかに、今はリモートの会社も多いですし、話しかけやすい雰囲気づくりは重要ですね。

きだ:あとは、花岡さんがお話しされていたように「できないことは悪いことじゃないんだよ」という空気づくりも意識していました。人数が多い環境では特に、誰かがやり玉に挙げられてしまうようなことは避けるように気をつけていました。

古山:年齢で区切るということはないと思うのですが、ご自身よりも年齢が上か下かという点で、マネジメントする際に意識していることはありますか?

花岡:年齢での違いは特にありません。それよりも、「ホテル業界の人」なのか、「演劇業界の人」なのかといった点や、「その人がどういうルールで生きているか」によって変わる印象です。きださんはいかがですか?

きだ:世の中に実績が出るようになって、ここ数年はなくなりましたが、私の場合、以前は上の年代の方から軽視されてしまうことはよくありました。上の年代の方には「信頼される」というワンクッションが必要だと感じていたので、「どんなことがあっても逃げませんし、最終責任は私が取ります」と明言して、態度でも示すようにしていましたね。

でも今はもう、年齢は上でも下でも気にしませんし、あえて聞かないことも多いです。「同じ土俵に立って同じものを作っているのだからフラットだよ」という気持ちでやっています。

課題解決の決め手は、客観的な視点を入れること

古山:マネジメントをするなかで、これまでどんな課題がありましたか?

花岡:僕の場合、課題の捉え方の違いで問題が起こってしまうことがあります。コミュニケーションを取れば取るほど、情報量は増えるのですが、そもそも課題の捉え方が違うため、泥沼化していってしまうことがありました。

古山:そういうときはどうやって対処されていますか?

花岡:できるだけ、2人だけで話をしないようにしています。水星のエンターテインメント事業部の飯嶋崇さんとダブルリーダー制のような感じにしていて、何かの問題について話をするときは彼にも入ってもらうようにしているんです。特に彼は、客観的に物事を見て冷静に判断してくれるタイプなので、どう思ったか意見を聞くようにしています。

花岡 直弥
花岡氏(右)と一緒に「泊まれる演劇」のプロジェクトに参加している飯嶋崇氏(左)。チームマネジメントの課題について、花岡氏は飯嶋氏に客観的な意見を求めることも多い。

きだ:私の場合、短期プロジェクトと長期プロジェクトで課題は違いますね。一つの作品を作るような短期プロジェクトで起こる問題は、「このままではチームが崩壊して、お客さんに満足のいくものを提供できないかもしれない」という課題が多いです。そういうときは、強制的な仕組みで解決するようにしています。

例えばチーム内の人間関係だったら、和解してもらう方向がいいのか、間に自分が入って進めるほうがいいのか、残された時間やお客さんのことを鑑みてその都度、仕組みとやり方を変えていく感じです。

経営課題のような長期プロジェクトの場合は、例えば、誰かが「こんなところでは働けない!」と言っているなどの感情も大事になってきます。その場合は、事実、感情、お金の三つの要素を色分けして書き出して、それぞれを解決するにはどうすればいいのかを話し合うようにしています。感情が高ぶってしまっているときは、事実がちゃんと把握できていなかったりもするので。

古山:テキストで色分けして整理するのですね。お二人とも、いろいろと工夫して意識的に課題解決に取り組んでこられたことがよくわかりました。お二人はこれから、どんなチームをつくっていきたいですか?

花岡:人にはそれぞれ凹凸があると思いますが、誤解を恐れずに言うと、長所によって共依存しているチームがつくれるといいですね。おのおの短所はあるけど、そこを誰かの長所が補って、チームとして最強になれるような。

きだ:ちょっとふわっとした回答になりますが、携わる人がハッピーであることが大事だと思います。世の中にプロジェクトが出たときに、自分が携わったと自信を持って言えるような。「お客さんの声」でも「実績になる」でも「お金がもうかる」でもいいのですが、プラスの部分をみんなでシェアできる、そういうチームづくりができるといいですね。

古山:お二人とも多くの仕事を走らせつつ、チームマネジメントのことも考えておられて、大きな刺激をいただきました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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